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2009年12月14日 (月)

寺社随想 伊勢神宮

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伊勢神宮に久し振りに

参拝する機会を得た。

 今回は外宮と内宮をほぼ一日をかけ、ゆっくりと参拝することが出来た。

 外宮は豊受大御神を祭神として、雄略天皇の時代に内宮より数100年遅れて丹波より伊勢の地に移されたとされ、本宮の祭神である天照大神の衣と食を司ることとなっている。

 このことは雄略天皇の紀元470年頃、未だ大和朝廷に従わぬ北国の丹波や若狭の国を制圧しその見返りとして神社の移設となったとの解釈は如何なものであらうか。由来記には雄略天皇が夢のお告げとしているが、雄略天皇の夢はもっと大きく全国統一の夢であったと考えられる。天皇は関東地方にも食指を延ばしていたことも行田市の稲荷山古墳から発見された鉄剣の銘文からも推定されている、この後継体天皇が天皇家を継ぎこの夢が実現されたのは紀元510年頃である。この様に歴史の流れの一つの現象として外宮の歴史を顧みるのも楽しいことである。

 内宮に入る前に、五十鈴川に掛かる宇治橋を渡るが、今年11月に新しい橋に掛け変えられ木目も新しい美しい橋となっている。

 内宮も外宮も正殿には入れず、その二つ門前からの参拝しか出来なく、又写真もそこからしか撮れないので、そっけない写真しか掲載できない、上の左手が内宮、右手が外宮であるが似たようなものであるが、屋根の棟に掛かる丸太の本数が内宮の方が多いとか、千木の切り方が違う等教えられた。

 現在は平成25年の式年遷宮に向けて着々と工事が進行している、本宮については敷地の整備やアプローチの石段かほぼ完成していた。式年遷宮は総ての建物を建て直すことであるが、何れの建物も比較的に簡単に造られているのにも感心させられた。

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