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2010年6月24日 (木)

日本の最初を求めて 当麻 相撲の初め

 当麻の地(現在は奈良県葛城市當麻)はかっては当麻氏が支配していた土地である。 

  垂仁天皇の時代、当主であった当摩蹶速(タギマノクエハヤ)は力が強く誰にも負けないと豪語していた、時の帝はこれを打ち負かすものはいないだらうかと臣に問うた、この時臣の一人が出雲の国に野見宿禰という勇士がいるのでこれと争わせば如何なものかと申し出た、早速野見宿禰が呼び寄せられ、力比べをしたがクエハヤは脇骨を折られ殺されてしまう。 「日本書紀」にはこの様に書かれ、これが相撲の始まりとしている。

 一方「古事記」では、天孫降臨に先立って出雲の国譲りで、高天が原より降った建御雷之男神(タケミカヅチノヲノカミ)が、大国主命の子建御名方神(タケミナカタノカミ)と争い、これに敗れた建御名方神は諏訪の地に逃れ、国譲りが成功した、これが相撲の始まりとしている。

 一見古事記の方が古い様であるが、真実性については日本書紀に軍配が挙げられると思う。

 又何れの話も地元の住人が敗れる事となっているが、高天が原を当時の先進性のあった韓国や中国と考え、建御雷之男神はモンゴル辺りからの渡来人であつたと考えれば、又野見宿禰もモンゴルから出雲に渡った渡来人の末裔と考えれば、現在の相撲界の実情と合致し面白いことである。

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