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2010年8月12日 (木)

日本の最初を求めて 箸墓古墳

Simg_1148  今回の旅行の最後の訪問地は箸墓古墳である。

 古墳に祀られているのは「倭迹々日百襲姫命」(やまとととひももそひめのみこと)と云う長ったらしい、舌をかむ様な名前であるが、この古墳は巨大前方後円墳としては最初で3世紀後半頃に造られたものとして有名である。前方後円墳全体としても10番迄には入る。

 やまと姫は孝霊天皇の皇女で崇神天皇の叔母にあたるが、崇神天皇の時代、凶作や疫病が流行り、多くの死者が出た、この時姫には特別の霊力があり、天皇に何かと助言しこの結果世の中は安泰となったと言う経過があり、又謎の神大物主命(おおものぬしのみこと)の妻となったが、オオモノ主は正体が分からず、調べたところ蛇の化身であったことに驚き箸でホト(陰部)を突き刺し死亡したという謎の多い女性てある。箸墓の名はこれに由来している。

Simg_1150  オオモノ主は出雲の大国主命の関係者で、大和地方に出雲の力を隠然と示しこれまた謎の人物(神ではなかったと思う)であった、従って謎の多いやまと姫は手厚く葬られ、当時の天皇同様、この様な巨大古墳に祭られていろのであらう。

 古墳は現在は半分となった周濠に囲まれ立派な佇まいであるが、その正面は写真の如く簡素なものである、正面に沿った小道の後ろは田圃で前庭等無い。当然宮内庁の所管で観光など以ての外との扱いを感じた。歴史的には名だたる古墳で卑弥呼の関西説の拠点でもあるが現場は淋しいものでした、30分程観光していたが、この間に訪ねてきた観光客は1組であった。 

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